作品No
0067
作品名
清く正しく生きるための心の体操
主催団体名または主催者名
Mavolatory
フライヤー製作者
山田航太郎
上映・公演(初日)年月
2025/11
上映・公演 場所
コフレリオ新宿シアター
関連情報
Mavolatory公式サイトにて本公演のあらすじや劇中写真を公開しています。
https://mavolatory.com/archive/vol04
作品のコンセプト
「この人の心がわかればなぁ。」誰もが一度は考えたことがあるそんな妄想を近未来SF として描いた作品です。
人々は自分の気持ちや感情を「言葉」にすることで他者と上手に接してきた一方、そこに至るまでの多くの「心」は切り捨てています。私たちは裏の心がわからない「言葉」を駆使することで生きてきましたが、決して使い方が上手だとは言えません。言葉にすることで傷つくこともあれば、言葉にしないことで傷つくこともある。そんな「言葉」とその裏にある「心」を、戯曲的なセリフにとどまらず、身体表現や映像などのさまざまな方法を用いて表現する作品です。
物語は「心がわかる」仕組みを開発するタマクラテツヤのストーリーと心がわかる手術が義務化され、言葉が形骸化した「100年後」の2つの時代を交錯させながら描かれます。
「言葉に価値がない世界で心を差し出し、心のない世界で言葉を失う。そんな物語」
人々は自分の気持ちや感情を「言葉」にすることで他者と上手に接してきた一方、そこに至るまでの多くの「心」は切り捨てています。私たちは裏の心がわからない「言葉」を駆使することで生きてきましたが、決して使い方が上手だとは言えません。言葉にすることで傷つくこともあれば、言葉にしないことで傷つくこともある。そんな「言葉」とその裏にある「心」を、戯曲的なセリフにとどまらず、身体表現や映像などのさまざまな方法を用いて表現する作品です。
物語は「心がわかる」仕組みを開発するタマクラテツヤのストーリーと心がわかる手術が義務化され、言葉が形骸化した「100年後」の2つの時代を交錯させながら描かれます。
「言葉に価値がない世界で心を差し出し、心のない世界で言葉を失う。そんな物語」
作品のアピールポイント
①「糸」と「心」の視覚化
本作の舞台美術や劇中での演出およびフライヤーデザインの核となっているのが「糸」のモチーフです。 「糸」は「意図」であり、複雑に絡み合う人間の思考や、感情が動く時の「琴線」のメタファーでもあります。さらには、脳波や神経など本作に登場するモチーフを表現するものです。張り巡らされた糸や、それを手繰り寄せる開発者(タマクラテツヤ)の姿を通じて、目に見えない「心」と、それを技術で解明しようとする人間の業を視覚的に表現しています。
②無機的演出と有機的演出の融合
前身となる実験公演『Mavolabo』での試みを経て、脳波測定器を装着した人間の「心の声」が漏れ出る様子を、映像・照明・音響を駆使してリアルタイムに可視化する無機的な演出を取り入れています。一方、SF的な設定でありながら、無機質な科学描写にとどまらず、身体表現やアナログな「糸」の美術などの有機的な演出を組み合わせることで、Mavolatoryが掲げる「近すぎず遠すぎない世界」を体現しています 。
本作の舞台美術や劇中での演出およびフライヤーデザインの核となっているのが「糸」のモチーフです。 「糸」は「意図」であり、複雑に絡み合う人間の思考や、感情が動く時の「琴線」のメタファーでもあります。さらには、脳波や神経など本作に登場するモチーフを表現するものです。張り巡らされた糸や、それを手繰り寄せる開発者(タマクラテツヤ)の姿を通じて、目に見えない「心」と、それを技術で解明しようとする人間の業を視覚的に表現しています。
②無機的演出と有機的演出の融合
前身となる実験公演『Mavolabo』での試みを経て、脳波測定器を装着した人間の「心の声」が漏れ出る様子を、映像・照明・音響を駆使してリアルタイムに可視化する無機的な演出を取り入れています。一方、SF的な設定でありながら、無機質な科学描写にとどまらず、身体表現やアナログな「糸」の美術などの有機的な演出を組み合わせることで、Mavolatoryが掲げる「近すぎず遠すぎない世界」を体現しています 。





